書評:「希望を握りしめて~震災の証言」(牧秀一)

この本の成り立ち

【画像引用 神戸新聞NEXT】
今回紹介する本は「希望を握りしめて」(2020)牧秀一編(能美舎)というものです。この本は阪神淡路大震災後、被災者の支援のために立ち上げられた、NPO法人「よろず相談室」の代表である牧秀一さんが、関わってきた被災者に行った聞き取りを書籍化したものです。元々は2015年から2019年にかけて聞き取りを撮影したものを、証言映像としてまとめたもので、この作品は第40回「地方の時代」映像祭2020に出品され、優秀賞を受賞しました。この際に映像だけでなく、文章として書き起こしたものを出版すべきだとの声が上がり、映像化されなかったものも含め、18件の証言を文字に起こし1冊の本にしたものです。
牧秀一さんは、定時制の神戸市立高校で長年数学を教えられていましたが、1995年の被災体験を経て、被災者支援の「よろず相談室」を震災後すぐの1月26日に立ち上げました。主な活動は被災者の訪問調査で、そこで得た情報を基に、対行政との交渉も行いました。牧さんは退職後も活動を続けましたが、2020年3月に代表を辞められ、後進に引き継がれました。

震災障害者問題

著者の牧秀一さん
【画像引用 神戸新聞NEXT】
18人の震災体験は様々で、家族を失った人(自殺者も含みます)、思い障害を負ってしまった人、これまでの生活を失った人など、被災体験を持つ筆者にとっても切実な体験ばかりで、時折書物を閉じ感慨にふけり、また涙を流すことも禁じえませんでした。
この本はなかでも、「震災障害者」の存在にスポットを当てています。分類的にはいわゆる「中途障害者」になるのですが、震災固有の問題がありこの聞き取りの中でも、様々な問題が列挙されています。
一般的な中途障害者でも生活していくうえで様々な困難が待ち受けているわけですが、震災においては、住居の消失、仕事の消失、避難所生活の困難さなども加わり、より生活上の問題が複合化していきます。よろず相談室のスタッフは、震災特有の問題が消されてしまうこと危惧し、行政に身体障害者手帳に「災害」が原因との表記を行うように働きかけました。自治体レベルでの実施は行われましたが、全国レベルでの実現は2017年の厚労省の通知を待たなければなりませんでした(しかし知的障害や精神障害は今もなお放置されています)。
今この文章を書きながら、筆者に思うところがあります。この働きかけに賛同しつつ、そもそもなぜこのような訴えかけを行わなければならないかということに、ある疑問を感じました。それは既存の障害者福祉制度があまりにも不完全なものであるという現実です。生活していくにはあまりにも少ない障害者年金、障害者医療の不備、住宅扶助などの問題など、震災障害者の問題は、そのまま障害者全般の問題でもあります。もし今以上に障害者福祉が万全であれば、このような訴えを行う必要はなかったように思います。とはいえ1995年時点ではこの事も、やむを得なかったのかもしれません、しかし2011年の東日本大震災や、現在のコロナ禍を経てもなお現状はあまり改善されておらず、筆者は正直なところ腹立たしいものさえ感じます。

生き残ることの後ろめたさ

色々と書きたいことがありますが、震災障害に関してもうひとつの問題点について述べてみたいと思います。それは生き残ってしまった者の「後ろめたさ」です。
阪神淡路大震災は6,434人の命を奪いました。そして生き残った人にはそのことに対する後ろめたさを感じるようになりました。特にそれは家族を失った人にとっては深刻な感情体験で、「なぜ自分が死ななかったのか」と自らを責めさいなむようになります。しかもそれ自体は善意でかけられた「命があっただけ良かったな」という声かけが、より生き残った者の心を傷つけます。
この感情は決して特異なものではなく、「サバイバーズ・ギルト」と呼ばれ、戦争や事故などによっても起こる感情です(*1)。筆者や私の妻もこの感情に襲われ、かなり強い無力感にも襲われました。またこの感情は被災を体験していない者が共有することは難しく。しばしば家族間や職場での軋轢を生む原因にもなりました。この本の証言でもこのことは繰り返し取り上げられ、このことが震災からの立ち直りをより困難なものにしました。

歴史に残るもの


これまでの歴史は公の文書や残された文物によって推し量られてきました。しかし近年そういった「形の残る」ものだけでなく、一般の人たちの証言が歴史を語るうえで必要なものだとの認識がされるようになりました。この本も災害の歴史を知るうえで重要な資料として残っていくと思います。それはいずれまた訪れるであろう災害の際に、大きな生きるための大きなヒントを授けてくれると思います。
最後にこの本に関わる筆者の個人的な事柄について語りたいと思います。実はこの本の著者牧秀一さんは、私の高校時代の恩師でもあります。不登校を経て定時制高校にたどり着いた私に、時には厳しく、特には優しく指導をしてもらいました。最近連絡をすることもなくなり、不義理が続いているのですが、この文章は私にとって先生へのお礼も含めたお便りでもあります。この本もたまたま見たニュース映像で知り、慌てて手に入れたものです。
長年に渡っての活動は、心身共に大変なことだったとは思いますが、ゆっくり休んでください。とはいえ牧さんのことなので、また何かを始めると思いますが。この本が一人でも多くの人に読まれることを願わずにはいられません。

* サバイバーズ・ギルト
サバイバーズ・ギルト

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local_offerevent_note 2021年1月19日
  • スピノザ

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