日本漫画家列伝(4)水木しげる

大妖怪水木しげる

食事中の水木しげる先生
【画像引用 ガールズちゃんねる】
今回は水木しげる(1922~2015)さんについての記事です。
水木さんは大阪で産まれ、その後鳥取県の境港市に移り、少年時代を過ごしました。仕事のため大阪に戻りますが、1943年に招集され、ラバウルに出征します。戦闘中に左腕を失い、日本の敗戦とともに復員します。
復員後は上京し、最初は紙芝居の作家になりますが、その後マンガ家になります。当初は大人向けの貸本漫画誌に描いていましたが、1965年頃から少年マンガ誌に作品を載せるようになり、作品がアニメ化・実写化され人気マンガ家になりました。同世代のマンガ家が早世するなか、93歳という高齢で亡くなるまで作品を描き続けました。
奥さんの視点で描かれた「ゲゲゲの女房」はNHKでドラマ化されました。また水木しげる妖怪ベストを選ぶ企画で、水木しげるさん自身が2位に選ばれました。作品だけでなくその言動も注目を浴び、ゲゲゲの鬼太郎のアニメ作品で、ねこ娘が6頭身の美少女に描かれたとき、ファンの間でも賛否があったのですが、水木しげるさん自身がインタビューに答えて「私が儲かればよいのです」と肯定して、論争に決着が着いたそうです。自身は「怠け者の方が良い」と言っていましたが、若いころは生活のため徹夜で描いていたそうです。またアシスタントマンガ家には後に著名になる、池上遼一などもいました。
と言うようなことは、まあ割と皆さんご存じだと思います。これまでの日本漫画家列伝で取り上げた方は、割と「知る人ぞ知る」な人が多いのですが、水木しげるさんは多くの世代に今も愛されている存在です。
なので、私が改めて書くこともないように思うのですが、最近読んだ異色作と、演劇版「ゲゲゲの鬼太郎」を紹介し、私なりの水木しげる像を書いてみたいと思います。

アニメシリーズのねこ娘
【画像引用 アメバブログ】

悪魔くん千年王国(1970)

【画像引用 まんだらけ】
水木しげるには「悪魔くん」のタイトルで複数の作品があります。
一番最初の作品は貸本漫画として描かれたもので、1963年に刊行されました。ただこの作品は売上げが伸びなかったっため、完結していないまま打ち切られています。作品はゲーテの「ファウスト」を参考にして作られており、悪魔くんと呼ばれる少年が悪魔を呼び出し、平和な社会を築こうとするものです。この最初の作品は大人向けに描かれたため、ダークファンタジー的な色合いが強く、打ち切りのためか悪魔くんは志半ばで亡くなっています。
その後少年誌に連載されるようになり(1966~7)、内容も悪魔くんと悪魔メフィストが、悪い悪魔や妖怪を倒す勧善懲悪的な内容になっており、その後作られた実写版(1966)やアニメ版(1989~90)も、この少年誌版を基にして作られています。筆者は実写版をリアルタイムで観ましたが、白黒ということもあってとても怖かった思い出があります。
「悪魔くん千年王国」は打ち切りになった作品のリメイク版です。物語は天才少年の悪魔くんが悪魔を呼び出し、また彼に従う12使徒と共に世界の恒久平和を目指して、妨害する勢力と闘う物語です。悪魔くんの志は高く、真剣に平和を願っているのですが、若干目的のためには手段を選ばないところがあります。しかし敵対する勢力もかなり悪辣なので、仕方がないかと思わせる描き方をしています。
物語的には12使徒が集まっていくプロセスでストーリーを引っ張ており、また少年誌での連載ということもあり、闘いも暴力的なものではなく、頭脳戦がメインになっています。それほど長くないので手に取って読むことをお勧めします。

実写版「悪魔くん」(1966~7)
【画像引用 YouTube】

総員玉砕せよ!(1973)

【画像引用 楽天ブックス】
水木しげるには、自身の戦場体験を基にした作品を、初期のころから描き続けてきました。「総員玉砕せよ!」はその集大成ともいうべきものです。作者によると「90%事実に基づいた」作品だそうです。
主人公の丸山二等兵は、ニューブリテン島のココボに従軍していました。これまで連戦連勝の日本軍でしたが、ミッドウエー海戦を境にその勢いは止まり、ニューブリテン島の部隊もアメリカ軍のラバウル島攻撃に備えていました。戦闘が始まるまでは牧歌的な風景で、慰安婦を巡る話が描かれています。しかし上等兵のシゴキは厳しく、大した理由もなくビンタを受ける日々でした。また病気や、島に住むワニに襲われて死ぬ様子が、どこかユーモラスに淡々と描かれます。
しかし近くにアメリカ軍が上陸し、そこから凄まじい戦闘が始まります。ここでの戦闘はラバウル島への攻撃を遅らせるための時間稼ぎの闘いでした。しかし上官の間で少しでも時間稼ぎをするために持久戦を行う考えと、事態を一気に好転させるために玉砕戦術を行う考えに別れました。しかし勇ましい玉砕戦術に賛成するものが多く。切り込み作戦を行います。アメリカ軍の攻撃力は強大で、日本軍はなすすべもなく撤退し、負傷した中隊長は足手まといにならないようにと、手榴弾を使って自決します。
玉砕攻撃ので電信を受け取ったラバウル島の総司令部は、撤退した一部の部隊が生き残っていることを知り、「日本軍の面汚し」と言い、責任者の隊長は自決を迫られ、部隊は再び切り込み攻撃を行うことになります。部隊は全滅しますが、総司令部から様子を見に来た司令官は「私は成り行きを見届け報告しなければいけない」と言って逃げだします。最後の数ページはひたすら屍の描写が行われ物語は閉じられます。
前半はいじめや事故死が描かれているとはいえ、どこかしらユーモラスな展開で笑えますが、後半の戦闘場面はひたすら兵隊が死んでいくのみで、戦記物にありがちな英雄的な描写も全くありません。また最終的に持久戦ではなく切り込み攻撃が採用されたのも、戦術的な理由より、隊長の玉砕の美意識に基づいたものと言えます。また生き残りを面汚しと言いながら、自身は逃げだす司令官の醜悪さは、いまだに続く日本の政治の原点を見る思いです。
この作品は一部内容を変えて「鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争~」のタイトルでNHKでドラマ化されました。古い戦争の記憶が少しずつなくなっていく一方、今も世界で続く戦争の存在を思うとき、改めて観てほしい作品だと思います。

【画像引用 ジャパニーズクラス】

舞台版「ゲゲゲの鬼太郎」(2022)


【画像引用 公式HP】
先日、舞台版の「ゲゲゲの鬼太郎」を観てきました(梅田芸術劇場2022/8/26)
この公演は東京(明治座2022/7/29~8/15)と大阪(上記2022/8/19~28)で行われたものです。東京公演の際に出演者のコロナ感染があり、一時は継続が危ぶまれたのですが、8/2~4の昼夜4公演を休演し、配役の変更で乗り切ることが出来ました。休演の話があったので、当日まで観劇が出来るのだろうかという不安があったのですが、大阪公演は休演もなく無事千秋楽を迎えることが出来ました。また終演後行われた出演者のアフタートークも観ることが出来ました。
観に行こうと思った動機は、水木しげる作品をどう演劇化するのかという興味と、私の「推し」の声優の上坂すみれさんの、初めての舞台出演に対する興味で行きました(まあ後者の理由が大半ですが(笑))。
出演は鬼太郎が荒牧慶彦さん。私は今回初めて知った方ですが、「テニスの王子様」や「刀剣乱舞」といったマンガ・アニメ作品の舞台俳優(一般に2・5次元俳優と呼ばれる)で、かなり熱狂的なファンを多く持つ方だそうです(アフタートークの様子から、お客さんの大半が荒牧さんのファンだったように思います)。
他には敵役の「天邪鬼」が元宝塚男役の七海ひろきさん(私は予備知識なしで観たので、この方が女性であることに、アフタートークまで気が付きませんでした)、砂かけばばあが浅野ゆう子さん(ネットでは砂かけ姉さんと呼ばれていました(笑))、ねずみ男が藤井隆さん、目玉のおやじの声を亡くなった前任者から引き継いだ野沢雅子さん(ただし録音のみの出演で、アフタートークには残念ながら来られませんでした)、子泣きじじいがカラテカの矢部太郎さん、そしてねこ娘を上坂すみれさんが演じました。
正直なところ、「ゲゲゲの鬼太郎」を映画ならともかく、舞台化できるのだろうかという危惧がありましたが、こちらの予想を上回る素晴らしい内容でした。梅田芸術劇場は、過去には梅田コマの名称で親しまれた劇場で、名前から判るように回り舞台が活用できる劇場です。この回り舞台を活用し、舞台上にCG映像を投影したり、スクリーンを釣り降ろし、そこに出演者のアップ映像を映し出し、またサラウンドな音響を駆使して、映画以上の臨場感を味合わせてくれました(TDLやUSJのパビリオンのようなもと思ってもらっても良いと思います)。
物語は多くのギャグを入れながらも、全体的にはシリアスで重たい内容でした(ネタバレを含みます)。ある山村に天邪鬼が現れ、村人を襲っているという手紙が妖怪ポストに入っていました。しかしねずみ男が手紙を勝手に持ち出し、ある科学者から譲り受けた妖怪退治のかけ薬を、村人に高額で売りつけようとします。最近妖怪ポストに手紙がまったく来ないことを怪しんだねこ娘が、ねずみ男の行動を突き止めます。
鬼太郎一行は、天邪鬼が過去に封じ込めた悪鬼たちの塚を、観光目的で破壊しようとする村人たちを止めようとして襲っていたことが判ります。そのことをきちんと村人に話せば良いのですが、なにせ天邪鬼なので(笑)上手く話せず、また村人たちの妖怪に対する偏見のための、天邪鬼の存在そのものが目障りでした。事情を知った鬼太郎は、村人を説得しようとするのですが、天邪鬼の味方とみなされ、妖怪退治のかけ薬をかけられ、目玉の親父ともども瀕死の重傷を追うことになります。
この状況のなかで村人の中でただひとり、天邪鬼を信じるひとりの青年が事態を解決しようと奔走します。彼は実は幼い時の天邪鬼と、村人でただ一人隠れて親交をもった今は亡き老人の孫でした。彼の説得にも耳を貸さず、村人は天邪鬼を退治ししようとします。身体を癒し鬼太郎は戻ってきますが、村人も天邪鬼も鬼太郎の言うことに耳を貸さず、三つ巴の闘いになってしまいます。闘いの中村人が塚を破壊してしまい、閉じ込められた悪鬼をが再び現れようとしました。
ここにきて天邪鬼は覚悟を決め、鬼太郎に自分の身体で塚の封印をするから、そこに妖怪退治のかけ薬をかけて、自分ともども封印してほしいと頼みます。これ以外の方法がないと悟った鬼太郎は、苦渋の決断でかけ薬かけ、天邪鬼ともども封印することに成功します。ここで初めて村人は天邪鬼の気持ちを知り、自分たちの愚かさに気づき、今後一切この塚に手をかけないこと誓います。鬼太郎たちは割り切れない気持ちを残しながらゲゲゲの森に戻り、穏やかな日常を取り戻しました。
演技陣はいずれも好演で、鬼太郎と天邪鬼の闘いはなかなか迫力がありました。ねずみ男はまさに適役で、子泣きじじいの脱力感あふれる演技も見ものでした。また録音ではありましたが目玉のおやじはベテランならでは説得力で、舞台を良く引き締めていました。砂かけばばあは、まさに砂かけ姉さん(笑)の名演で、舞台が初めてというねこ娘も堂々の演技を見せてくれました
しかし、ねずみ男とねこ娘のおなじみの絡みなど、結構ギャグ要素も多く、笑いの絶えない舞台だったのですが、ストーリーが思っていた以上に暗く重たく、現代における差別や偏見を訴える内容で、水木しげるの精神を受け継いだ素晴らしい舞台だった思います。

アニメ版「墓場鬼太郎」(2008)
【画像引用 個人ブログ】

あなたも水木ワールドに!

これまではなかなか古い作品を読むことが難しかったのですが、2013~9年にかけて刊行された「水木しげる漫画大全集」全114巻(講談社)によってほぼすべての漫画作品を読むことができるようになりました。少し値段が高い(なので筆者は買ってません(笑))のですが、興味のある方は読んでもらい、水木ワールドを堪能して下さい。

【画像引用 個人ブログ】

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local_offerevent_note 2022年10月11日
  • スピノザ

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