日本漫画家列伝(2)いがらしみきお

いがらしみきおとは?

作者近影
【画像引用 産經新聞】
いがらしみきお(1955~)は日本のマンガ家です。進行性の聴覚障害を持っており、高校中退後、障害者高等専門学校を卒業しています。
1979年に性風俗系の劇画誌に4コママンガでデビューします。SNSがなかった時代おいて、性風俗系の雑誌がサブカルチャーの先端を行っており、大手出版社のマンガ雑誌には掲載されないような実験的な作風の作品が載っていました。いがらしみきおの作品もその系譜に連なるものです。
ごく初期の作品にはいしいひさいち(1951~)の影響も感じられますが、すぐに個性的な画風を確立しました。露悪的で挑発的な内容の作品ですが、それが不条理感を感じさせ、そのことがある種哲学的なたたずまいを醸し出すという不思議な作風でした。その後の作品でこの哲学的な要素が醸成され、これまでにない独特な作品を生み出すことにつながっていきます。

自選集全5巻(1994)
【画像引用 ヤクオフ】

「ネ暗トピア」(1979~85)

「ネ暗トピア」
【画像引用 eBook】
私のいがらしみきおの原体験は、大学時代に友人の下宿で見た劇画誌でした。当時雑誌は自分で買うものではなく、友人のものを借りるか、喫茶店や飲食店で読むものでした。特にいがらしみきおのマンガが載っていた性風俗系の劇画誌は、場末のラーメン屋が似合う、下品だがどこか哀愁のただよう雰囲気を持っていました。
当時の劇画誌はアンダーグランドな要素が強く、性風俗系の陳腐なマンガに挟まって、時折斬新な作品が掲載されることがありました(これは日活ロマンポルノの作品において、メジャー系の映画では観ることのない、社会的・前衛的な作品が作られることと、同時代的な現象だったと思います)。
あまり詳しく内容を紹介しづらいのですが、雑誌の特性上、下ネタ的な作品が多いのですが、不条理感や不思議な哀愁を持った作品が書かれました。初期の代表作として紹介されることも多い作品ですが。たまたま同じタイミングで飛び降り自殺をした男女が、飛び降りながら見つめあって恋に落ち、互いにもっと早く出会えていればよかったと思いながら墜死するという作品は、ギャグマンガでありながら抒情性を感じさせる不思議な作品でした。
作者はその後さまざまな雑誌でこういった作品を書き続けますが、それは作者にとってはかなりストレスの高い作業だったようで、その後2年間の休筆に入ります。

「三歳児くん」(1990~1)よりCG画像
【画像引用 ピッコマ】

「ぼのぼの」(1986~)

「ぼのぼの」
【画像引用 シアター】
作者は休筆中に生活を謳歌しながら、ホラーマンガを描きますが、この作品は未完のまま発表されることはありませんでした。
そして1986年に4コママンガ雑誌に掲載されたのが「ぼのぼの」でした。ラッコの子供の主人公と、彼をめぐる動物交友関係を描いた作品です。しかし予想されるようなほのぼのしただけの作品ではなく、主人公の無垢な魂が生み出す、原初的ともいえる疑問の投げかけが他者に対して行われ、それに対応する「大人」たちの哲学的ともいえる対応が繰り広げられる作品です。登場動物は性格付けがはっきりしており、ぼのぼのの問いかけを一笑に付す「常識的な」反応をする者もおれば、ぼのぼのの問いかけに寄り添いながら、新しい視点を与える者もいます。
「ぼのぼの」で印象に残っているエピソードに、映画「ぼのぼの」(1993)に出てきたジャコウウシの話があります。この作品は作者自身が監督を行ったものですが、物語はある時期になるとどこからともなく現れて、森の中を通りすぎるジャコウウシが描かれます。作中でなぜある時期のみ現れるのか、何のために森を通りすぎるかの説明はなく、その巨大の存在感のみが残ります。作者はジャコウウシの存在は「時間」を表しているとどこかで語っていたように思います。
この作品は画のかわいらしさも相まって人気を博し、作品はベストセラーとなり、ふたつの映画作品とふたつのTVアニメが作られ、男女年齢を問わない人気作品となりました。
しかし一見して作風が大きく変わったように思われますが、抒情性や哲学性は通底しているように思われます。

アニメ「ぼのぼの」(2016~)
【画像引用 ニコニコ動画】

「I(アイ)」(2010~3)


「I(アイ)」
【画像引用 RENTA】
いがらしみきおはその後、当時まだ新しかったネット配信を使ってホラーマンガ「Sink」(2001~4)を連載しその後単行本にまとめました。日常の中に少しずつ異変が忍び寄り、最終的なカタストロフによって終わる内容でした。それまでの作風と大きく違ったこともあり、発表当時かなり反響を呼びました。これ以降、東北の山村で新しい生き方を探す青年の物語「かむろば村へ」(2007~8)のような、作者の出身地である東北を舞台にした作品を書きました。
しかし仙台に在住し活動を続ける作者にとって、2011年の東日本大震災は大きな衝撃だったそうです。作者はそこから「神の不在」といった問題に行き当たり、そのひとつの答えとして書かれたといってもよいのが、「I(アイ)」という作品でした。この作品はふたりの少年を通して「神の実在」を問いかける物語です。もともとこの作品は震災以前から書かれていましたが、震災を経て作者は内容を大きく変更して完結させたそうです。作品の最後に明かされる「神」は、傷ついた人々の願いを具現化した奇跡のような存在でした。
作者はその後も意欲作を描き続け、近年は福祉関係の雑誌に、聴覚障害者を主人公にしたマンガを連載しています。これからも活躍に目が離せない存在です。

「SINK」(2001~4)
【画像引用 個人ブログ】

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local_offerevent_note 2022年4月8日
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