中村久子 障害者福祉の先駆者

こころの手足

【画像引用 ギャラリーかぐや】
中村久子は(1897~1968)は岐阜県高山市に産まれた社会活動家です。3歳の時に凍傷の悪化で特発性脱疽(*1)になり、症状の悪化により四肢を切断することになりました。この時代は現在のような福祉支援策もあまりなく、生計を立てるため自ら見世物小屋に入りました。幼少時に母親から裁縫や書字の手ほどきを受けていたので、それを舞台上で実演し収入を得ていました。見世物小屋の経営者の対応の悪さや、夫となった人が次々と早世するなど、数々の苦難に見舞われました。中村久子の障害も夫の早世も現在ではあまり考えにくいことですが、大正から昭和にかけての、貧困の厳しさ、医療の不備、興業の経営の過酷さが招いたものでした。しかし3人の子宝に恵まれ(1人は早世)、後半生は社会活動家として全国で講演活動を行い、障害者福祉の発展に尽くしました。来日したヘレン・ケラー(*2)とは3回の来日の度に出会い親交を深めたそうです。
中村久子の存在が世間に知られるようになったのは、仏教関係者が中村久子の生き方に共鳴し、彼女自身も若くから信仰に親しんでいたことから、その存在が注目されるようになり、仏僧が著作で紹介したことが大きな要因でした。

中村久子が働いた見世物小屋の世界

【画像引用 シネフィル】
中村久子が生計のために働いていた「見世物小屋」ですが、近年は見かけることもなくなり、どういったものか知らない方も多いと思います。筆者自身(1959生)も実物を見たことはなく、色々な書物や映画などで知りました。
現在のような娯楽のなかった江戸時代においては、現代のサーカスや美術館、動物園、パフォーマーなどを兼ね備えた娯楽施設でした。寺社の祭りや縁日の開催に合わせ、その都度小屋を建てて営業されていました。様々な出し物が行われましたが、その中で障害者を見世物として見せることが、興業の目玉のひとつになっていました。その中でも中村久子のように、障害があるにも関わらず様々のことが出来ることを見せるという、曲芸的なパフォーマンスものに人気がありました。
しかしその内容が障害者差別であると言われ、次第に行われなくなり、様々な娯楽が増えるにしたがって、見世物小屋自体の需要がなくなり、次第に興行主も減っていきました。現在では大寅興行社(*3)という会社が一社あるのみで、あまり見かけることが無くなりました。
確かに障害を見せもにするというのは、人間の差別的感情を喚起するものであり、時代の流れと共に無くなって行くのはやむをえないと思いますが、反面現在のような障害者就労がほとんどなかった過去のおいては、数少ない障害者が働く場であったことを忘れてはいけないと思います。

映像の中の見世物小屋

実際の見世物小屋を見ることはなくなりましたが、映画の中では度々取り上げられており、3作を紹介してみたいと思います。ここで紹介するのはいずれも外国映画です。
映画「フリークス」(1932)トッド・ブラウニング監督
この映画に関しては既出の記事、「映像の中の障害者」で取り上げていますので、そちらを見てください。
映像の中の障害者
映画「エレファントマン」(1980)デヴィット・リンチ監督(*4)
プロテウス症候群(*5)(ただし確実に解明されている訳ではない)により全身疾患を患った実在の人物ジョゼフ・ケアリー・メリック(1862~90)の生涯を描いた映画。感動的な内容ですが、富裕層の主人公への温情が単なる社会的ステイタスでしかない側面や、貧困層ほど差別的な様子や、19世紀末の大英帝国の現実を描いた社会的な作品でもあります。

映画「グレイテスト・ショーマン」(2017)マイケル・グレイシー監督(*6)
社会の偏見をはねのけて、障害者の存在をポジティブに取り上げた見世物工業を行った、ある興行主を主人公にしたミュージカル映画。日本でもヒットし、劇中で歌われる「ディス・イズ・ミー」もヒットしました。

中村久子の残したもの


【画像引用 YouTube】
重い障害を持ちながら、自活を尊び生涯、福祉施策を受けませんでした。その気持ちが彼女の生き方を支えたのだと思います。一方で障害者の就労支援の必要性を訴え、また同じ障害者への支援を積極的に行っていました。自分に対しては厳しい生き方を貫きましたが、障害者が多くの人に支えられて生きていくことを、自身の人生から学んだ思想は、近年の「自己責任論」とは一線を画しています。長らく忘れられた存在でしたが、1992年TV番組「知ってるつもり」(日本TV系列)でその生涯が紹介され、再び脚光を浴びるようになりました。著作を多くの残されていますが、「こころの手足」(1971)という自伝が最も著名です。
春秋社HP
現在日本の障害者福祉も少しづつ他の先進国並みの発展をみるようになりましたが、こういった優れた先人の存在がいたから今があることを改めてかみしめたいと思います。

*1 特発性脱疽
はっきりした原因がないのに手足の先に治りにくい傷ができ,ときには手足の一部が腐ってくる状態で,特発性脱疽あるいは単に脱疽とも呼ばれる。20~40歳の青壮年の男子に多い。バージャー病とも呼ばれる。(コトバンクより引用)
*2 ヘレン・アダムス・ケラー
ヘレン・ケラー
*3 大寅興行社
近年の活動の様子は映画「ニッポンの、みせものやさん」(2012)で観ることが出来ます。
映画公式HPグレイシー
*4 デヴィッド・キース・リンチ
リンチ
*5 プロテウス症候群
遺伝学的背景を持つ希少疾患で、3つの胚葉の全てで組織の過成長が引き起こされる可能性がある。プロテウス症候群の患者は、胎児性腫瘍のリスクが増大する傾向がある。プロテウス症候群の臨床的・放射線医学的症状は非常に多様であるが、特有の整形外科的な症状が存在する。プロテウス症候群という名前は、姿を変えることのできるギリシアの海神プローテウスに由来する。プロテウス症候群は、1976年にSamia TemtamyとJohn Rogersによってアメリカの医学文献に最初に記載されたようであり、マイケル・コーエンによって1979年にも記載された。世界中でわずかに200を超える程度の症例が確認されているだけであり、現在約120人がこの病気を抱えていると推計されている。診断が最も容易なのは最重度の変形が生じた人々である。軽症状態が存在する可能性があり、まだプロテウス症候群と診断されていない(Wikipediaより引用)
*6 マイケル・グレイシー
グレイシー

ブログランキング・にほんブログ村へ
local_offerevent_note 2020年8月18日
  • スピノザ

    フィットボクシングでダイエットしてます