障害者探偵活躍す

色々な物語（小説、映画、テレビドラマ、演劇、等）の中で障害者が取り上げられています。障害を持ちながも努力を重ね、失敗を繰り返しながらも、前向きに生きていくといったような内容のものが多く見られます。中には実在の障害者をモデルにして、そのリアルな生活を描いたものもあります。
これらの作品はどちらかというとリアリズムを基調にしたものですが、日常的な形にこだわらない作品で障害者が描かれることも多く、ミステリー、SF、ファンタジー、ホラーといったジャンルで重要な役割果たしている作品があります。
今回はその中でもミステリー小説、特に障害者が探偵役を務める作品を紹介します。この文章を書くにあたって様々な資料を調べたのですが、思っていた以上に多く作品があることが分かりました。その中から筆者が読んだことがあり、印象に残ったものを、今回は取り上げます。また障害者の描かれた方が優れているのはもちろんのこと、ミステリーとしても優れている作品を取り上げることにしました。

『遠きに目ありて』天藤真（創元推理文庫）
探偵：岩井信一（重度脳性麻痺、言語障害）
この作品の探偵は、重度の脳性麻痺で、言語障害があるため、現在はあまり使われることがないカナタイプライターを使って意思表示を行っています。またひとりでの行動が難しいので母親が「助手」的な存在になっています。
また一般人であり、少年でもあるため、実際に捜査に関わることはなく、懇意にしている刑事から事件の経緯を聞いて行動するいわゆる「安楽椅子探偵（＊1）」です。
もともとこのキャラクターは、仁木悦子と言う自身もポリオ性小児まひの作家の作品で端役で出ていたのですが、天藤がキャラクターに惚れ込み、作者に了解を得た上で作り出した探偵です。
非常に聡明な探偵で、刑事の持ってきた限られたデータから真相にたどり着きます。作品は5つの短編から出来ており、内容的に1巻で完結しています。
ミステリー自体は結構シャープですが、内容的に穏やかで、短編であまり文章も読みやすく、ミステリー初心者にもお勧めできます。
著者の他の作品として『大誘拐』があります。映画化もされており誘拐ミステリーの傑作です。

『青空の卵』『仔羊の巣』『動物園の鳥』坂木司（創元推理文庫）
探偵・鳥井真一（引きこもり）
様々な事情で引きこもりになった人物が主人公です。友人から持ち込まれる不可解な事柄を推理して解決します。引きこもりで外出が困難なため、友人の話のみで推理する「安楽椅子探偵」です。
取り扱う事件は殺人といった殺伐としたものではありませんが、たどりつく真相が結構辛い事件が多いのが特徴です。日常生活で起こった不可思議な現象の謎を解くもので、いわゆる「日常の謎（＊2）」に属する作品です。
非常に繊細な手続きを経て真相にたどり着く内容で、また探偵と友人の成長物語でもあり、ミステリー好きでなくても楽しめる内容です。筆者は最終巻で感動しました。

『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』『レーン最後の事件』E・クイーン（早川文庫他）
探偵：ドルリー・レーン（聴覚障害者）
ミステリー史上、おそらく最も有名な障害者探偵でしょう。
元々はシェイクスピア演劇の俳優でしたが、障害者になったため引退して今は悠々自適の生活を送っています。言語障害はなく読話によって対応できるので、日常生活にあまり支障はありません。
あるきっかけから犯罪に興味を持ち検事と共同で犯罪捜査に関わるようになります。基本的には安楽椅子探偵ですが、60代にも関わらず体力的には頑健で、作中で遠泳をするシーンがあります。
元々俳優だったので、シェークスピアの作品を引用して推理を語るなど、洒脱なところのある探偵です。いずれの事件でも非常に鋭い洞察力を持ち真相にたどりつきますが、最後の作品で悲劇的な終幕を迎えることになります。しかもそのきっかけのひとつに障害が絡んでいます。このシリーズ全体がシェークスピアをなぞっているとも言えます
レーンが登場する4部作はミステリーの歴史に残る名作で、ミステリーランキングにも必ずといっていいほど登場する作品です。『Yの悲劇』が日本では評判が高いのですが、本国アメリカでは『Xの悲劇』の方が高く評価されており、筆者もこちらの方が好きです。
障害者探偵ものとしてだけでなく、ミステリーとしても傑作なので、一読を勧めたい作品です。

以上筆者の気に入ったものから3人の探偵を選びました。これらの作品は「ミステリーはなんとなく読みにくいからなあ」と思う人にむしろお勧めしたい内容です。いずれも人間描写が秀逸で、読み終わった後心地よいものがあると思います。もしよろしかった一読をお勧めします。