私の心療内科通院史(2)

震災後の不調

この記事は40年以上におよぶ、私の心療内科通院体験についてのものです。
1995年、震災の直後に経理課に移りましたが、まったく経験のない仕事の上、震災後のイレギュラーな予算対応をせざるを得ず、そのためか再び状態が悪くなり、1年あまりの間に2回3か月程度の休職をすることになりました。おそらく震災自体の精神的影響も大きかったと思います。
森田療法の成果もあり、もう休職することはないと思い込んでいたので、正直少しショックでした。しかしI医師は「まあそういうことは何回でもある。またやり直したらいいねん」と言われ、初心に帰りやりなおすことにしました。この時の上司は仕事への姿勢自体は厳しい人でしたが、こちらの気持ちを汲み取ってくれたので、その点はやりやすかったです。この職場2年目からは休むこともなくなりましたが、仕事には最後まで慣れず、1999年に異動になりました。
この移動先は、職種的には障害者就労支援の仕事だったので、やりやすかったのですが、勤務地が遠く片道1時間半程度の通勤時間がかかりました。また歴代の上司がパワハラ気質の人で、しかも昼休みが取れないほど仕事量が多く、それらが重なったからか、再び休むようになり、結局6年あまりの間、勤務している日数と変わらないぐらい休むことになりました。それでも後になるほど少しづつ状態がよくなり、最後の年はほとんど休みませんでした。ただちょうど施設の運営形態が支援制度に大きく変わった時期だったのですが、大事な時期に長く休んでいたため、なかなか新しい制度に慣れず、その事を後々まで引きずることになりました。またこの時期に医師の勧めで服薬をするようになり、薬の内容は度々変わりますが、これは現在まで続いています。
この間、勤務地を元の場所に戻してほしいと頼んだのですが、休職が続いている状態で異動は出来ないと言われ、休みなく行けるようになった6年目に異動がかないました。
当時はそれで納得していたのですが、今から思えばそもそも職場への不適応が理由で休んでいた訳ですから、これだといつまで経っても異動が出来ないことになってしまうため、問題のある対応ではなかったかと思います。

新しい医師へ替わる

2005年ようやく老人施設に異動になりました。介護の仕事は初めてでしたが、職場の雰囲気は良く、異動当初に少し休みましたが、7年間の間あまり休まずに勤められました(介護の仕事で「休めなかった」ということもあるのですが)。
この職場に在籍中、ずっと診てもらっていたI医師が引退することになりました。それほど高齢ではなかったのですが、患者の話を受け止めるのがしんどくなってきたと言われ、自身も福祉施設での生活支援で、ケースワークをしていたので、人の話を聞くことのしんんどさを感じていたので、仕方がないことなのだと思いました。I医師に新しい医師を紹介してもらう際に、当時妻が通っていた心療内科はどうかと聞いたのですが、「家族が同じ医師に行くと、医師としたらやりづらい面があるので、別のところが良い」と言われ最近開業した医師を紹介してもらうことにしました。家族ケアという発想もあったと思うのですが、私のこれまでの状態を診た上で判断されたのだと思います。
新しく変わったM医師に引継ぎが行われ、同じ向精神薬を引き続き服用することになりました。私より若い医師で、最初は対応が優しくいい感じだったのですが、I医師に比べるとこちらの訴えかけに対して、あまり深く入ってくる感じがなく、状態が良い時はそれでもよかったのですが、状態が悪い時は物足りなく感じました。また症状を訴えるとその度に薬の量が増えていくので、少しづつ信頼感を失っていきました。
後に判ったことですが、むしろI医師の対応が特別過ぎ、他の人から聞いた別の医師の対応を聞くと、M医師は結構誠実に対応してくれていたのだと思いました。
2010年代の初めの再び異動になり、再び就労支援の仕事に戻りました。この仕事は問題なく勤められました。かなりやる気を持って仕事が出来ました。この職場で社会的に注目を集めるようになった「発達障害」に関しての知識を深めたのですが、どうも学習していく内に「これは自分のことじゃないかなあ」と思うようになりました。そうなるとM医師は発達障害の専門ではないため、別の医師にかわる必要を感じるようになりました。

発達障害と診断され

【上記画像はデイリーモーションから引用】
M医師の紹介で、H医師に通院することになりました。H医師も私より若い医師でした。さっそく検査を行い、発達障害の診断が降りました。またH医師の診断書により障害者手帳と障害者年金をとることになりました。また服薬内容を精査して、薬の量をかなり減らしてもらいました。また現在通所しているジョブエルを紹介してもらいました。
H医師はM医師に比べてはっきりものを言ってくれたので、その点は良かったのですが、調子の悪い時は少し当たりのきつい感じに思えてしまい、ひとりで診てもらうのが辛くなり、度々妻と一緒に行ってもらいました。
この医師も悪い医者ではなかったのですが、どうも相性が悪い気がしてきて、ジョブエルに頼みN医師を紹介してもらうことにしました。2010年代のことです。この医師は私と同じくらいの年齢で穏やかな感じの方でした。この時は比較的調子も良かったので、この穏やかな感じが私にはよく合っていました。この前後に長らく務めた職場を退職しました。
しかしこの医師は、体調不良のため診療が困難になってしまいました。そのため以前妻が通っていたY医師のところに転院しました。この医師も同じくらいの年齢で穏やかな雰囲気の方で、現在に至るまでこの医師にところに通院しています。
現在に至るまで都合6人の医師に診てもらいました(他にも長期の休職の際に、複数の診断書が必要だったため、そのために診察に通った何人かの医師がいます)
こうやって思い返してみると、最初のI医師の印象が強烈で、新しく通う医師を常にこのI医師と比較してみていたように思います。
心療内科の選択の難しいところは、医師としての能力だけでなく、患者との「相性」が重要になってくることです。また医師によって専門が違う(I医師は統合失調症が専門でしたし、M医師はうつ病が専門でした)点も大きなポイントです。それと地域的な問題(例えばあまり自宅の近くの医院に通うと、近所の人に知られてしまうといったこと)も挙げられます。
以上が私のドクターショッピング(笑)の歴史です。現在精神医療を利用されている方の参考になれば幸いです。

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local_offerevent_note 2020年4月28日
  • スピノザ

    フィットボクシングでダイエットしてます