書評:「学校では教えてくれない生活保護」(雨宮処凛)

生活保護の勧め

雨宮処凛さん
【画像引用 人権情報ネットワーク】
今回の記事は「学校では教えてくれない生活保護」(河出書房新社)の書評です。この本は「14歳の世渡り術」シリーズの1冊です。これ以外には「感染症」「文学」「数学」「ごはん」「声優」「医療」などが出版されています。著者の雨宮処凛(1975~)さんは執筆活動の傍ら、困窮者の支援活動を続けている人です。
雨宮さんに関しては以前ふたつの記事で取り上げました。
雨宮処凛とロスジェネ世代
冷笑主義の誘惑
生活保護は困窮対策の最後の砦と言われています。現行の日本の制度では働ける場合は働いて、基準額に足りない分を保護で補填する形になっています。また医療費や住宅補助費は別枠で支給されます。「働ける場合」と言われますが、実際に保護を受ける方は高齢者・障害者・重篤な病人といったケースが多く、将来的に仕事が出来る可能性は高くないように思われます
そういったことを踏まえて、この本の内容を紹介したいと思います。

生活保護を巡る社会的問題

生活保護バッシングの中心的存在片山なつき(1959~)参議院議員
【画像引用 産經ニュース】
第1章は生活保護を巡る近年の動向が描かれています。
最初はいわゆる「水際作戦」についてです。これは生活保護の担当職員が出来るだけ保護を取らせないようにすることで、重要な情報を知らせなかったり、時には間違った嘘の情報を伝える場合もあります。このような事を行う職員は、生活保護申請者を蔑視する傾向があるようで、自分より年齢が上の人に対して命令口調でしゃべる事さえあります。もちろん全ての職員がそうではなく、親身なって対応している職員の方が多数です)。
これらの事にはいくつかの理由が考えられます。ひとつは生活保護バッシングの影響、もうひとつは担当職員の少なさです。(この本にあまり書かれていませんでしたが、筆者の福祉職の経験からすると、担当部署の管理職の考え方が大きいです。なので福祉事務所によって、大きな違いが出る傾向があります。
生活保護バッシングですが2012年片山さつき議員が中心になって行った、あるバッシングの影響が大きかったです。それはある有名な芸人の母が生活保護を受けていたことに対して「なぜ子どもが援助しないのか」という内容でした。しかし生活保護は基本的に受給者単独で認定されるもので、家族の収入は関係ありません。これは明らかに言いがかりで、法的にみても問題のある発言でした。しかし実際にはこの尻馬に乗る評論家や一部世論の後押しにより、バッシングは正当化され、この芸人は一時的に仕事を干されることになりました。
また生活保護制度が円滑に動かなかったために起こった、いくつかの餓死事件についても触れられています。
職員の少なさについては、後のところで触れられています。

生活保護の仕組み

【画像引用 マイナビニュース】
第2章では生活保護の仕組みについて触れています
この章は、生活保護の制度について、この問題に関わってきた弁護士に、雨宮さんが一問一答の形で説明する形になっています。
制度についてのいくつかのポイントが挙げられています。
(以下の記述は東京都の制度に基づくものです)。

収入認定に関しては、おおよそ月額13万円以下が対象になる。
保護を受けていても車を持てる。
保護を受けていても持ち家(3000万円以下)を持てる。
借金があっても生活保護は受けられる(自己破産を行わいないといけない場合がある)。
保護を受けいていてもペットが飼える。
保護を受けていても高校進学が出来る(奨学金あり)。
扶養照会(親族に経済的援助が可能か)は必要ない。
年金収入があっても保護は取れる。
8種類の扶助がある(生活扶助、住宅扶助、医療扶助、出産扶助、教育扶助、介護扶助、      葬祭扶助、生業扶助(例・運転免許取得費用))。
住まいがなくても申請は出来る。

等です。

韓国とドイツの生活保護


【画像引用 個人ブログ】
第3章では韓国の、第4章ではドイツの生活保護の現状が書かれています。
韓国の生活保護の最大の特徴は、日本では生活保護本体と扶助が常にセットで出されるのに対して、個々の扶助のみを取ることが可能なことです。例えば医療扶助や教育扶助だけを単独で取れることです。
韓国でもこれまでは生活保護の制度が整備されておらず、対象もこどもと高齢者に限定されていました。また社会保障全体も少なく、雇用保険も1995年にようやく実施されていました。しかし1997年の経済危機の到来とともに制度の整備が要求されるようになり、1999年「生活保護」の名称を「国民基礎生活保障」に変更し、対象者の名称を「受給権者」として権利性を明確にしました。また2015年の制度改革により、個々の扶助(単給)が取れるようになりました。そのため極端な収入低下がなくても、柔軟に保護が取れるようになりました。しかしこういったことは先進国ではすでに行われてきたことで、韓国もようやくにそれに追いついたことです。そして日本だけがこの流れに乗っていません。
またコロナ対応に関しても、既存の社会保障を拡充する形で実施しており、日本のように社会保障制度と別の形でコロナ対応を行おうとしたため、結果的に事務作業が煩雑化し、給付が上手くいかなかったこととは、対照的な行いでした。
韓国の最大の特徴は、例えば困窮者の問題が発生したときに(餓死者もでました)、日本ではマスコミも行政もあまり反応しなかったのに対して、韓国ではマスコミや行政が素早く動いて、また市民運動の存在も大きかったようです。日本では、韓国の市民運動を政治的に批判されることが多いようですが、実際には地に足のついた粘り強い取り組みが、社会保障制度の改善に役立ってきました。
ドイツではさらに進んだ保障が行われています。2020年に当時の労働社会大臣(日本の厚生労働大臣にあたる)が、コロナ禍にたいして「どんどん生活保護を使ってください」
と動画で呼びかけ、それに伴って制度の簡素化をしたことです。家賃滞納者の多い家主に対して補助を行ったり、芸術系への大規模な支援を行いました。
しかしドイツも以前からこのような状態ではありませんでした。1980年代の経済不況、1990年の東西ドイツ統合により、大量の失業者が発生しました。特に東ドイツからの移住者の生活保護の受給率が高く、西ドイツの市民から「働かないで金だけもらっている」という生活保護バッシングが行われました。しかし経済の回復と共に、バッシングも行われなくなりました。
ドイツの生活保護の特徴として、扶養紹介を行わないこと、家族が受給者の介護を行うと介護保険から家族にお金がでる、ある程度の資産があっても受給が可能なことなどが挙げられます。またコロナ禍の際にはオンラインでの申請が可能になりました。また難民の受け入れと彼らに対する生活保障も積極的に行っています。
韓国とドイツの生活保護状況から伺えるのは、1980年代の不況からの立ち直りの中で、社会保障全体が整備されたことです。また韓国では北朝鮮との緊張関係や、長らく独裁政権があったこと、ドイツではナチスによる諸外国への蛮行や、東西ドイツ統一時の混乱が、制度の整備に大きな影響を与えたことではないかと思います。
もちろん韓国やドイツでも問題がないわけでなく、韓国における日本以上の格差社会であること、ドイツではネオナチの存在や、移民に対するバッシングなどの様々な政治的利害が渦巻いています。しかし日本では政治的利害が修復できない分断に繋がっているのに対して、韓国やドイツでは政治的利害は利害として、社会保障に対して国民全体の合意が一定以上できているように思えます。個々の制度以上に、この点をもっと日本は学ぶべきではないかと思います。

外国人の生活保護


【画像引用 PINNTEREST】
まず基本的に外国人は生活保護が申請できません。条件によっては取ることが可能な場合もあるのですが、取得率は申請に対して3.3%で、諸外国の取得率の50%~10%と比べると、日本の低さが伺えます。
また日本に在留する外国人が難民申請をしていると働くこともできません。また日本での難民認定はハードルが高く、諸外国では40~50%に対して、0.5%という異常な低さになっています。また健康保険も加入できないため、医療を受けることも出来ません。この処遇の悪さは国際的に問題になっており、国連からのたびたび勧告を受けていますが、政府は全く動こうしません。
また入管施設での待遇の悪さも問題となっており、先日放置された入所者が病死したことが、国際的にも問題になり、ようやく改善が行われるようになりましたが、抜本的な問題は変わっていません。生活保護の問題だけでなく、生活処遇全体の改善が必要とされています。

支援の歴史


生活保護支援を行ってい稲葉剛さん
【画像引用 GREEN】
第6章は30年余りにわたって、生活困窮者やホームレスの支援を行ってきた、稲葉剛さんの話が紹介されています。稲葉さんは大学院の客員教授を務めながら、支援団体の活動を行っています。
稲葉さんが活動を始めたのは1994年バブル崩壊後の不景気のなかで、新宿にいわゆる「段ボール村」が出来たのがきっかけでした。当時大学院生だった稲葉さんは、300人余りのホームレスが、段ボールだけで作ったハウスに住んでいる様子を見たそうです。北海道から上京したばかりの稲葉さんは、その様子を見て強い衝撃を受けたそうです。
当初は土木関係の日雇い労働者が多かったそうですが。1998年頃からホワイトカラーの人が増えてきたそうです。こういったホームレスの人たちは生活保護の申請を行っても、断られることが多かったそうです。
稲葉さんは2001年に支援者と共に団体を立ち上げ、生活保護申請に「同行」する活動を始めました。当初福祉事務所の対応は理不尽なものが多く、申請要件に問題がないのにも関わらず、申請自体を受け付けないことがあったそうです。弁護士の協力も得て、次第に生活保護が取れるようになりました。
またこれまで機械的に行われていた扶養照会をやめさせたことも稲葉さんたちの功績でした。そもそも扶養照会によって親族が援助するケースはほとんどなく、照会のための手続きが福祉事務所の職員にとっても負担になっていました。結果的に職員にとっても仕事内容が改善されることに繋がりました。

筆者が思ったこと


最後に筆者が思ったことを書いてみたいと思います。いくつかの文章で書いてきましたが、私は福祉制度を受益する障害者ですが、同時に30年余り福祉施設で働いてきた職員でもありました。そのことを踏まえふたつの感想を述べたいと思います。
ひとつは「利用者の利益は、職員の職場環境の改善に繋がる」ということです。
第6章の扶養照会のところでも触れましたが、現在の福祉制度では煩雑な書類業務が多く、そのことが福祉職員を疲弊させています。そのことが利用者に対する、暴言や虐待につながっていると思います。当初は理想に燃えていた職員が、次第にルーチンワークにはまってしまい、疲弊していく様を私は見てきました。おそらく私自身もそこにはまっていた時期があるように思います。生活保護を増やしていくことは、断るためのムダな労力を減らすことにつながり、福祉現場の改善にもなると思います。
もうひとつは「投資的思考の大事さ」です。
私たちは福祉というと、「税金を使って働かない人を助けるムダな行い」という偏見が刷り込まれています。しかし福祉の現場にいるとこれが間違った考えであることがよく判ります。
これまで労働が不可能と思われていた重度障害者が、インターフェースの発達により労働が可能になり、生活保護に頼らなくても(もちろん頼っても良いのですが)重度障害者が納税者になり、社会の活性化につながりました。またインターフェース開発が産業化して、新しい職場の開発につながりました。もし初期投資をムダなものとして行っていなければ、こういったことも起こらなかったはずです。
また生活保護はムダなものとして扱われることが多いですが、それにより社会復帰が出来れば社会の活性化にもつながります。福祉に限らない話ですが、どうも日本では目先の投資をケチるために、結果的にビジネスチャンスを失っていケるースが多いように思います。そのことが先進国の中で、最も経済的停滞が長い現状につながっています。
例えば福祉の申請をオンラインで出来るようになれば、生活保護も取りやすくなり、そのことがオンラインの一般化につながり、新しい可能性も開けていくと思います。生活保護の問題をそこに留めず、大きな視点でとらえれば社会に活性化にもなっていくでしょう。この本はそういったことを知る上で、大きな参考になると思います。

ブログランキング・にほんブログ村へ
local_offerevent_note 2023年3月24日
  • スピノザ

    フィットボクシングでダイエットしてます